第4日目 3月17日(mon) クエンカ→バレンシア
バレンシアと言えば火祭り |
鳥の囀りと共に目覚め、今日は久々にすっきりとした朝を迎えました。そろそろ時差ぼけも解消されたようです。出発前に日本へ電話をしました。いつもは滅多に電話などする私たちではないのですが、今回は両親も心配していることと思い、マメに電話を入れることにしました。朝8時、日本は8時間の時差があるので、夕方の4時です。このパラドールの公衆電話は一発で掛かったのですが、スペインの公衆電話は余り性能が良く無くて何度掛けてもちょっとした加減で、掛からないことが多いそうで、私達も公衆電話を利用したのはここでが最初で最後でした。他では何回もトライしたのですが掛からず、結局、部屋の電話でホテルを通して電話をしました。 9時にホテルを出発してスペイン第3の都市バレンシアに到着したのが、お昼でした。街にはバレンシアオレンジの街路樹が並び美味しそうな実も付けていました。広場ではお祭りのパレードの準備が始まって、とても賑やかでした。この日の昼食は「バレンシア・パエリア」、パエリアと言うと貝類の入ったサフランピラフと思いますが、ここのものは、鶏肉に野菜が入ったサフランおじやでした。 バレンシアのホテル「メリア・レイドンハイメ」へ到着したのが2時半ころで、チェックインを済ませて、お祭りのパレードを見学に行きました。 |
火祭りは、キリストの父”サンホセ”が大工だったことから、人形をかたちづくり飾ることでサンホセ祭りと言われています。あちこちの広場では紙と板で造った巨大な人形が飾られていました。この数は小さな物まで入れて、500〜600個くらいあるそうです。お祭りの最後の日にこれに火をつけて燃やしてしまうそうです。 私たちの訪れた日は、最終日でないので、この儀式は見られなかったのですが、献花パレードを見ることができました。自治地区ごとにパレードを構成していて、乳母ぐるまの赤ちゃんからおばあちゃんまで煌びやかな衣装を纏い、マリア様に献上する花束を手に抱え大聖堂への道を行進していました。大聖堂では、献上された花を巨大なマリア像の衣装とするために数人の人が上に昇って、下から花を投げてもらっては、板で組んだ間へそれぞれ色の違う花をそれぞれの模様に従い刺していました。この夜、テレビでこの様子を延々と生放送していましたが、最後まで見ることなく私たちは寝ました。それにしても、あの人形はどれを見ても、諷刺的で、エロチックで、不気味でした。メイン会場の市庁舎前では市役所が造ったという巨大な楽器に人が吊り下げられているというもの、日本では決してそのようなものは創るまいと思いました。 |